史上最高の投手は誰か

 「史上最高の投手は誰か」ー。野球ファンなら必ずや一度は口にする質問だろう。日本では沢村栄治に始まって、高校2年時の江川卓というマニアックな候補も挙るかもしれない。メジャーリーグではボブ・フェラーノーラン・ライアンロジャー・クレメンスさらには170キロ投げたとされるスティーブ・ダルコウスキーなどなど枚挙にいとまがない。ノンフィクション作家の佐山和夫氏は「史上最高の投手はだれか」というタイトルの本まで書いている。ちなみにその本の主人公はニグロ・リーグ出身の伝説の男サッチェル・ペイジ。戦前から戦後にかけて活躍したが、ほとんど神話上の人物と言えるようなエピソードの持ち主だ。

 前置きが長くなってしまったが、私だったらその質問に何と答えるかを書きたかった。その答えはブライアン・テーラーである。すでに引退し、メジャーリーグで登板したことすらない投手がなぜ史上最高なのか。

 私がテーラーを知ったのは、週刊ベースボールの写真入り記事だった。1991年、高校生左腕ながらヤンキースからドラフト全米1位で指名された直後のことだったと思う。記事に書いている内容はほとんどファンタジーであった。最速158キロを誇り、88イニングを投げて奪った三振は213個。実に奪三振率は20を超える。アメリカにはこんな怪物投手がいるのか。そんな衝撃だった。その頃から野球を熱心に見始めた私にとって、今後20年にわたって、偉大な投手の軌跡を追うことができる。「夢を見せてくれる」ような数字だったのだ。

 しかし、その後、テーラーの名前を新聞や雑誌の記事で見ることはなかった。2000年のシーズンを最後に、ひっそりとユニフォームを脱いだのを知ったのはだいぶ後のことだった。暴力沙汰に巻き込まれて負傷したことが活躍できなかった原因の一つとも聞く。引退を知ったとき何とも言えない悲しみがあった。

 最近見つけたyahoo sports!の記事(06年6月5日付)で、テーラー代理人は松坂を担当したあのスコット・ボラス氏だったことを知った。数多くの名選手の契約を手掛けてきたボラス氏はこう述べている。「ブライアン・テーラーは私が生涯見てきた中で最高の高校生投手だ」

"I've been through 28 drafts," Scott Boras says, "and Brien Taylor, still to this day, is the best high school pitcher I've seen in my life."

 18歳としては恐らく「史上最高の投手」だった。そして、本物の「史上最高の投手」になれる可能性を秘めていたはずだった。しかし、ドワイト・グッデンのように10代でメジャーリーグに旋風を起こすこともなく、静かに野球界から消えていった。